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2009年6月

2009年6月26日 (金)

マイケル・ジャクソン

従兄弟がマイケルが好きで、売り出されたばかりの『スリラー』のレザーディスクを見せてもらったことがあった。

墓場から死人が出てきて、踊る。「ゾンビ」というのは、いちごがもっとも嫌いな気味の悪いものだった。

けれどあの斬新な踊りは、凄いものであのゾンビの踊りの場面は、忘れようにも忘れられない。

マイケルが亡くなって、テレビで『スリラー』を再び見た。落ち着いて見てみればなんのことはない、けっこうユーモラスな、そして魅力的な踊りを堪能することができた。

あの気味の悪いメークも今ならユーモラスに感じられるから不思議だ。

時の経つのは早いもので、あの『スリラー』が出たのは、1982年だというから、30年近くも前のことになる。マイケルマイケルと夢中になっていた従兄弟も立派な中年で、マイケルも50歳という死は早すぎたかもしれないけれど、あの頃からでは年取ったには違いない。もちろんいちごなんか・・・えーい!

今朝、インターネットにニュースが流れて、半信半疑だったけれど、なんだかずうっとマイケルのニュースをやっているらしい。

お陰で『スリラー』を再びみることができたのだけれど、1日中これなのかなあ、と少々あきれる思いだ。

テレビというものが、そういう傾向にあるならそれもしかたのないことかもしれない。繰り返し繰り返しおなじことを放送しているようだ。

でも、マイケルが天才エンターテイナーだったことは、あらためて思う。ひとは生まれ老いて病気になって死ぬ。天才は死も凡人より早くおとずれるのかもしれない。

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2009年6月22日 (月)

きぼうのいえ

Imgp6787_2 昨夜、というか今暁というか、先輩からテレビで「きぼうのいえ」の放送をするから、というお知らせをいただいて、0時50分からという遅い時間だったけれど眠い目をこすりながらみました。

山谷というかつての日雇い労働者が住んだ街も、長引く不況と労働者派遣法ができ、また労働者たちも高齢化して、街もこぎれいになりあまり当時の面影はありません。

その地に「きぼうのいえ」は、ささやかながらかつての労働者の、ホスピスとして文字どおり希望の家として、孤独な家なきひとびとに決して孤独ではないんだという希望の灯をともし続けています。毎年1000万円の赤字だそうですが、寄付を募り、ボランティアのひとたちの支えで、成り立っているようです。

先輩は、かつてその地域の福祉事務所の所長をしていたとき、日雇いという不安定な職業に甘んじるひとびとに、何か彼らのこころのよりどころとなるものはないかと考え、たまたまご自身が打ち込んでいた俳句の会を立ち上げたのでした。

今、「きぼうのいえ」に病んで人生の最後を送っているひとりのもと「山谷俳句会」の会員に、先輩はもういちど俳句を、とはげましの手紙を書き、また、もと会員もノートをとりだして句作に意欲を燃やし始めたところを、映していました。

俳句の力のすごさです。また、人生で家もなく孤独に陥っていたひとに、生きている限り創造的に生きる希望をもたらすことのできる、たった17文字の短詩形、これが俳句なのです。

「きぼうのいえ」にいるひとたちは、もっとも芭蕉にちかい人々です。それを見極めた先輩もまた、すごいひとだと思いました。

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2009年6月20日 (土)

『爆心』青来有一

爆心 爆心

著者:青来 有一
販売元:文藝春秋
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今日は「現代文学を読む会」で、青来(せいらい)有一の『爆心』を、取り上げた。

長崎が舞台の6つの小編。この舞台の道はすべて爆心地に続いている。この舞台に登場する人たちは、多かれ少なかれ信仰を持っている。また、祖先は殉教の歴史を持っている。同時に彼らには被爆体験が内在している。

ここでいちごが考えたのは、神と戦争の問題だ。神はいるのかいないのか。神は何をしてくれるのか。戦争(それは隣人との争いから原爆の大戦争まで)は、なくなるのかなくならないのか。

なくならなければ、世界は虚無の廃墟となる。人間は望むと望まないとにかかわらず、無に帰するものなのだろうか。そうだとすれば、日々の営みはなんと虚しいことか。

やはり神は必要だ。いちごの神と考えるのは、人間の魂のことだ。魂は見えない。みえないから無とするのは、想像力の欠如か。

いちごは、神がいればいつか戦争はなくなると思う。いつか・・・いつだろうか。でも、いつか・・・カントは神はいるのではなく神を要請するのだと言った。

そのときメフィストフェレスはどうするのだろう。戦争があればメフィストフェレスもほろびるのだから、そんなの問題外か。

青木有一は近来まれな「誠実」な作家のひとりだと思う。

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2009年6月19日 (金)

『雨月物語』

DVDで、『雨月物語』を観た。

ヴェニス国際映画コンクールで、最優秀国際映画賞を受賞した溝口健二監督の古い映画だ。

田中絹代、京マチ子、森雅之らの演じる、戦国時代の物語。一攫千金を夢見る貧しい焼物師とその弟が、都に出て、恐ろしいおもいや、不思議な出来事にであって、ほうほうの態で帰ってくるが、焼物師の妻は死んで夫の帰郷を迎える。

上田秋成の『雨月物語』は怪異小説ということになっているけれど、仏教説話風の諸行無常の人間哀話だ。

美しい画像に惹かれて、何度も観ている。溝口健二監督では『山椒大夫』も映像の美しい何度観ても飽きない映画だ。

映画はなんといっても、映像がいのち、日本にはすばらしい映画監督がいたのだ。

最近のやたら大音響のやかましいばかりの映画を映画館で見るより、古い名作がこうして家庭でみられるのはうれしい。

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2009年6月16日 (火)

『私は貝になりたい』

私は貝になりたい スタンダード・エディション [DVD] DVD 私は貝になりたい スタンダード・エディション [DVD]

販売元:ジェネオン・ユニバーサル
発売日:2009/06/03
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昨夜、遅くまでかかって、中居くんの『私は貝になりたい』をDVDで観てしまった。

1944年、つつましく若い理髪店の店主に召集令状が来た。(「よく赤紙といわれているけれど、やはり赤いんだ」と中居君がいうところはアドリブみたいによくできていた)

若い妻と小さな息子を残して、出征して行く中居くん。中居くん演じるシミズ2等兵は四国の山の中で、墜落した戦闘機の瀕死の捕虜を上官の命令で殺さなければならないはめに陥る。

もともと職業軍人でもなく、苦労して小さな店を持った一介の理髪店主だったシミズが、いくら命令とはいえそう簡単にひとを殺せるわけがない。

上官から、怒鳴られ、殴られ、ころびつまろびつやっとのことで樹に縛り付けられている捕虜を銃剣で突いた。あるいは飛行機もろとも墜落して瀕死の米兵は、すでにこときれていて、彼の銃剣は腕をかすっただけだったかもしれない。

しかし、命令とはいえ直接捕虜に手を下したシミズは、妻が苦労して集めた嘆願署名もむなしくA級戦犯として死刑に処せられる。

最後まで死刑になるなんて納得の行かないシミズこと中居君。死の前夜教戒師にもし来世に生まれ変わってくるとしたら、なにになりたいですか?と質問される。

「金持ちになりたい」と答える。貧しくいいことなんかひとつもないつまらない人生だった、と肩を落す。

最後のこの一見無邪気な、庶民の単純な願望を代弁しているような「金持ちになりたい」という答えが、戦争の虚しさ、愚かな権力者、権力者におもねる人間の弱さを浮き彫りにしていたなあ。

もし、戦争という大悪の中で、シミズのような軍隊と言う組織の中の最弱者が、A級戦犯の名の下に処刑されるのだとしたら、いちごはやはり裁判員になって、シミズを救いたいなあ。

いやいや、戦争などと言う非常事態になれば、われわれ庶民は沈黙を強いられ、絶対服従の檻の中に身動きできなくされてしまうのだ。裁判員制度なんかたぶんたちまち消えてなくなっているだろう。

第2次世界大戦のときだって、戦争反対を表明しただけで牢屋にぶちこまれ、抵抗すれば拷問され、結局死か服従か選択肢はそれしかなかったのだから・・・

今は平和だからいいなんて言っていられない。平和なんてもろいものなんだ。維持する努力なしには決して誰かが恵んでくれるものではないんだ。

これがいちごの感想でした。

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2009年6月15日 (月)

草履

Imgp6782 古くなったTシャツを利用したぞうり。

友人にたのんで編んでいただいた。履いてみるとこれからの素足の季節にとても快適。

スリッパや靴下はナイロンポリエステル系が主流、おかげでいちごの足の裏はかさかさ。冬はシルクの靴下を履いていたのでしっとりとやわらかかった。けれど、夏になって無頓着にストッキングや薄いソックスを履き始めるとてきめん、足の裏はかさかさになった。

なんといっても素肌には木綿が最高。

Imgp6783 そのうち作り方を習って、いろいろな模様の生地やいろどりを工夫して、たくさん作ってどんどん履こうと思う。

作るって楽しいこと。

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2009年6月 6日 (土)

悲しみよこんにちは

悲しみよこんにちは (新潮文庫) 悲しみよこんにちは (新潮文庫)

著者:フランソワーズ サガン
販売元:新潮社
発売日:2008/12/20
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昔昔、高校生のとき、こっそりと2階の屋根から飛び降りて、ジーン・セパーグ主演の「悲しみよこんにちは」の映画を見に行ってきました。

帰ってきてもぜんぜん気づかれませんでした。

ふたたび、女性の監督で、今日からこの映画が渋谷のbunkamuraルシネマや銀座のシネマスイッチ銀座で上映されているそうです。

この物語は母殺しの物語ですが、だれもそのようには読んでいないような気がします。それでは、なぜこの本がベストセラーになったのでしょうか。いちごにはわかりません。

でも、いずれこの映画は、観るでしょう。

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2009年6月 5日 (金)

冤罪

今日はもう、冤罪のニュースです。恐ろしいことです。

やっぱり裁判員制度なんかいやだと思いました。

毎日変わる、いちごの心境。今日はまた、せっかくはじめたスポーツクラブを止めないことにしました。

つまり、近辺の同系列のスポーツクラブに移籍しようと、友人と話し合いました。

一駅電車に乗るか、二駅乗るかの違いのところにも、クラブがあることがわかりました。

いつか物知りのおじいさんが言っていました。「今日は悟り明日は迷いの秋の暮」という句があるのだそうです。

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2009年6月 4日 (木)

裁判員制度に思う

Imgp6711 裁判員制度が取り沙汰されるようになったころ、真っ先に考えたのは、「人は人を裁けない」という観念でした。

犯罪を犯すほどに追い詰めたれた人間を、法の素人になにができるか、という思いもありました。

「怒れる12人の男」というアメリカ映画も思い出しました。それは、12人の陪審員の中で、たったひとり犯人の無罪を信じる陪審員が、非常な熱意で、常識的で大勢に流されがちな他の11人の陪審員を説得して、とうとうその裁判を無罪に導く過程を描いたものでした。

ひとりの人間が、死刑にされるか否か、あるいは犯人にされるかされないか、その瀬戸際に直面したとき、素人の単純な感覚で何かを判断していいものなのだろうか、と激しく拒否したい気分でした。

しかし裁判員制度が、実際にはどのようなものなのか、いちごはまったく知らないのでした。毎日毎日、日本のどこか家庭裁判所から地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所で行われている、牛歩のような裁判。その全部に常に国民がかかわらなければならないのだろうか、それさえも知りませんでした。

この、よく知らないというところが、問題なのだということに気が付きました。それは、社会全般について言えることです。

よく知らないし、よく考えないで、何かをしたりしなかったりすることが、いちごはあまりにも多いのでした。

この裁判員制度というのは、そういういちごにとって、ただ日常の煩雑にあたふたして生きているだけのいちごにとって、単に自身の生活の利害や快楽に関することだけでなしに、社会の出来事を注意深く考え、自身の生き方を考え直す意味でも、とても重要なチャンスなのだということに気が付いたのです。

せめて、その裁判の間だけでも、未知の他人のアクシデントに立会い一緒に考えることよって、この現代社会にはびこっている、情報過多からくる無関心と、社会不安ゆえの利己主義と、未知ゆえの思い込みと、不干渉主義からくる冷淡さから抜け出して、不十分ながら国民としての強制的に科される納税などの義務だけではない、積極的な義務を果たす端緒になれば、このなまけもののいちごにとっては、いいことかもしれないと思ったのでした。

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2009年6月 3日 (水)

がっかりです

Imgp6751 ほらね、デュランちゃんもがっかり。

いちごもせっかく少し筋肉がついてきたらしいのに、わがスポーツクラブは店じまいですって。

利用おばさんたちの噂は、スタッフの今後の就職先まで心配して、とどまるところをしりません。

定年時代というタブロイド版の新聞によると、60代の単身男性の5人にひとりは生活保護を受けている(ニッセイ基礎研究所試算)そうです。

別の噂では、大企業の重役でいつもやさしかった夫が、リストラの名簿を作成しなければならなくなったら、そのストレスから非常に妻に厳しく当たるようになってしまったそうです。

なんだか不安定な世の中ですね。上昇経済で、終身雇用、年功序列の時代はつかの間で、せいぜいそれを維持しているのは公務員くらいのものかしら。

デュランじゃないけれど、いちごもせっかく慣れて、自分の運動スタイルも決まってきて、スタッフもいいひとばかりで楽しく通っていたのにがっかりだわ。

また、何か運動するところを探さなければならないわ。運動苦手ないちごが・・・たいへん。

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