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2009年5月

2009年5月29日 (金)

死悼む

中島梓(栗本薫)がすい臓がんで亡くなり、ショックを受けていたところ、今度は元韓国大統領ノムヒョンが、登山中滑落して亡くなったとか。

多彩な活動をしていた中島梓は、いちごはよく知らないけれど七華ちゃんは知っていた。ケータイのテロップに流れて、半信半疑でいたところだった。八面六臂の活躍ぶりだったらしいから、惜しむ人は惜しいにちがいない。

ノムヒョンは登山中に投身自殺だとか・・・。韓国は元大統領でも、悪事を働けば死刑になってしまう国だと聞いた事がある。戦後の日本では考えられないようなことだけれど、大統領という重要な任務を負ったひとが違反するのは一大事だから、その責任の重さからすれば市井の弱い人間が、殺人を犯したのとは比較にならない罪深さだ。

日本では、とかく市井のか弱い人間の罪に対しては、やれ死刑だ厳罰だと叫ぶが、大きな地位にまで登りつめた人の悪事に対しては、意外に寛大なところがある。

悪事を働いて1度失脚しても、時が経てばすまして国会や出身地域で幅をきかせているから、いちごはどうなってるんだろう、といつも不信に堪えない。

菫ほどな小さき人に生まれたし  漱石

菫ほど小さければ、悪事を働いても大事に至らないかもしれない。ビッグになればなるほど、その規模も影響も大きくなるのだ。

漱石は素敵なひとだ。

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2009年5月27日 (水)

「雨の朝パリに死す」

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発売日:2006/12/14
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火、水、と2日間、パン屋さんに行っただけ、お掃除洗濯衣替え、をして過ごした。

決して全部終わったわけではないけれど、『雨の朝パリに死す』のビデオも見て、泣く時間も。

あの美しいエリザベス・テイラーが雨に濡れて、肺炎で死んでしまう。

どんなに愛し合っている夫婦でも、人間思いやりと理解しあうのは難しいものだなあ、と考えさせられた。

どうもいいと思ったら、原作はスコット・フィッツジェラルドだった。

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2009年5月26日 (火)

北朝鮮は絶対的に悪い国?

ある10歳の少年たちの会話。

A.「君、ナイフなんか持とうとして、危ないからよせよ」

B.「君だって持ってるじゃないか」

A.「ぼくは、前から持っていたんだ。君はこれから持つからいけないんだ」

B.「君が持っているから、ぼくも持つんだ。君が捨てれば、ぼくも持たないよ」

A.「だってナイフは持つと使いたくなるし、危険だよ」

B.「だったら、君がまず捨てるべきだ」

A.「もちろんいずれ捨てるさ」

B.「いつ捨てるのさ」

A.「世界中の子どもがナイフを持たなくなったらね」

B.「いつ持たなくなるのさ」

A.「そんなのわかんないよ。だけど、いつかはなくさなければ必ずナイフを武器にして喧嘩するときがある」

B.「そうだよ、だからほんとうは誰もナイフなんか持たないほうがいいんだ」

A.「だから持つなっていってるんじゃないか」

B.「自分は持っていて、ぼくにだけ持つなって言うのは変だよ」

A.「ぼくは、ナイフを使ったことがあるし、その危険性を十分承知している。だから、持つなって言えるんだ」

B.「だったらなおさら、そのお手本を見せればいいじゃないか」

A.「いや、だめだ。ナイフを持っていないと、言うことをきかないやつがいる」

B.「言うことをきかせるために、ナイフを持っているんだね。それじゃあ、言うことをきかないやつがいたら、そのナイフを使うつもりなんじゃないか」

A.「そりゃあ正義のためだもの」

B.「ぼくは納得しないよ。正義なんてあやしいもんさ。君にとっての正義が、ぼくにとっての悪になることだってあるんだ」

A.「難しいことをいうんだね。ぼくは、正しいことしか言ってないつもりだ」

B.「でも、ことと次第によっては、素手の相手を、そのナイフで脅して黙らせようって腹なのはみえみえじゃないか」

A.「しょうがないじゃないか。ぼくはもともとナイフを持っていたんだ」

B.「しょうがない!それが君の正義か!」

A.「君がナイフを持たなければ、それですむことだ」

B.「それじゃあ、ぼくが君の言うことをきかなかったら、いや、君の言う正義にかなわなかったら、そのナイフでぼくをやっつけようっていうんだね」

A.「そんなつもりはないさ。君がナイフを持たなければ、何も問題はない」

B.「おかしいじゃないか。自分がナイフを持っているくせに、ぼくがナイフを持っちゃいけないなんてよくいえるね」

A.「まあ、あえて言えば、君は激しやすいからな」

B.「そんなの理屈にかなわないよ。君がそんなに理不尽なことを言うのなら、ぼくは君を信用できないし、ナイフを持たざるをえない」

A.「もう、そんな時代じゃないんだ。ぼくたちはもうじき大人になる」

B.「そうか、君が言いたいのは、大人になるってことは、理不尽がまかり通るってことなんだ!」

A.「まあ、まあ、そう怒りなさんな。だからナイフを持つなって言ってるんだ」

B.「そんないいかげんなことを言われたんじゃ、ぼくはナイフを持たないわけにはいかないね」

A.「ばかだなあ、日本の子どもたちを見てご覧よ。勤勉で優秀であらゆる分野で世界的に活躍できる大人になっている。彼らはナイフを持つことをずっと禁じられている。というより、みずから放棄しているんだ」

B.「それなら君は、日本の子どもに比して、勤勉でも優秀でもないってことを、自ら披露してるってことだ。君の正義なんてあてになるものか」

A.「・・・・・」

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2009年5月25日 (月)

一流好み

一流好みのひとは、サントリーホールなどにやってきた、超有名な演奏家の演奏しか聴かない。あとはオーディオによる再生のみ。

これって、なんだかつまらない話だと思います。

野中の一軒家ならともかく、都会では豪華なオーディオでボリュームいっぱいで聴くことは、不可能に近い。

もちろん防音装置付きの部屋をお持ちのお金持ちは別。

近所に気兼ねしながら聴くより、いちごはやっぱり生演奏がいいなあ。昨日のコンサートの楽しささめやらず、CDで「展覧会の絵」を聴いてみたけれど、ぜ~んぜん。

実を言うと、サキソホーンの青年は、二宮君より美しかった。とても優雅。と思ったら賛助出演なんですって。

だいたいトランペットの響きもよかった。トランペットが一番印象的。コントラバスも力強く、チェロもビオラもなかなかだった。パーカッションも見事。

私たちは地域の演奏家を育てる意味でも、一流でなくちゃだめ、なんて言わないで大いに聴きに行ったほうがいい。

昨日の「展覧会の絵」を、もう一度聴きたいなあ。音楽の生演奏のこの1回性、1回限りっていうところが、切なくも惹かれるところかもしれません。

タン、タン、タン、タタ、タン、タン・・・┐(´д`)┌ヤレヤレ

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2009年5月24日 (日)

ムソルグスキー

Imgp6705 慈雨としかいいようのない雨。このところの乾燥続きで、アマリリスが咲ききれずにこんなになってしまいました。

もう一つのつぼみが開くときは、室内で咲かせるつもりです。それで、昨夜来の雨はまさに慈雨です。

あ、今雷が鳴りました。今日はパルテノン多摩で、多摩管弦楽団によるチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」とムソルグスキーの「展覧会の絵」を、聴いてきました。

チャイコフスキーは黒岩はるかという若いぱりぱりの青年が技巧を要する難曲をこなしていました。

「展覧会の絵」はいちごには管楽器の多彩な音色がおもしろく、「展覧会の絵」というより「動物園の春」などというように聞こえました。

これはもともとはピアノ組曲で、画家の友人の遺作展を見て作られたものだそうですが、ラヴェルが管弦楽曲に編曲して華やかで楽しいものとなったようです。

サキソホーンと、トランペットが素敵(演奏者?)で、コントラバスも、チェロも、そうそう打楽器も勇壮で楽しかったなあ。

帰り道、人気のない中学校の前の通りで、いちごはつい、口にラッパの形にした手を当てて、「タン、タン、タタ、タン、タン、タン、・・・」と、トランペットの真似をしてしまいました。

何度もね・・・┐(´д`)┌ヤレヤレ

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2009年5月23日 (土)

いやな感じ

Imgp6700 句会場に行くには新宿を抜けて行かなければならない。どんどん広がっていきそうなインフルエンザ。行きはどうってことないや、と強気だったものの、あの新宿西口のごみごみの中を通り抜けるのは、やはりいやな感じ。

帰りはとうとうマスクをした。あまり意味ないかも知れないが・・・

マスクをしているのは若い人が多い。若い人に感染者が多いと報道されているからかしら。

我が家の前に羽を休めた四十雀ちゃん。あなたもいやな感じでしょ?

ほら、デュランさまが、狙っていますからね。せっかく昨日のものすごい風がやんで、きょうはいいお日和ですのにねえ。

Imgp6701おちおちしていられないわねえ。生物が生き抜くのはまったく大変なことですねえ。

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2009年5月21日 (木)

忙しい1日

今日の多忙は、デュランの脱走からはじまった。

いちごが新聞を読んでいるとき、デュランがベランダの網戸を何とか開けようと熱心にしているのは知っていた。

ほんの一瞬、新聞に集中したとき、とうとう網戸をこじあけて出て行ってしまったのだ。あっと思う間もない。「デュラーん、ごはんよー」と呼びかけたって、ふりむけばこそ。

それでも、ベランダから飛び降りてうろうろしているので遠くへ行かないうちと思って、ペットフードをひとつかみ、大急ぎで庭先へ回った。

「ごはんよー、ごはんよー」と言いながら手の中を見せると、腹ペコデュラン背に腹はかえられない、つい寄ってきたところをむんずと両手で抱き上げて、7キロもある大猫を連れ戻したのだった。

今日は車移動に決めて大急ぎで支度をして、ツタヤに寄ってDVDを返し、それからもと体操教室の仲間たちとランチ。それからコナミに行って、2時間運動。それから図書館の駐車場に車を置いて、アマゾンで買った本を先生に届けて図書館に戻る途中、しんきろうの美人に会って、駐車場まで歩く間のおしゃべり。このところ、あのひとは素敵なひとだなあ、と自分とはちがうタイプの彼女のことを想っていたので、ここで偶然会うとはとても不思議な感じ。

近くの図書館に取り寄せ本を受け取りに行きたかったけれど、木曜はお休み。床屋にも行きたかったけれど、駐車場がない。

少し早めに帰宅してラッキー!柿の葉ずしが届きました。昨日、明日以降いつお届けしますか、と電話が掛かってきた。

夜ならいつでもおりますと言うと、きょう夕方早めに届いたので、お夕飯にぴったり。柿若葉の季節である。新鮮な柿の葉を蒸してあるので、香りがよく、鮭と鯖が巻きこんであって、おいしかったあ。

生のにぎりの嫌いな七華ちゃんが、この手のおすしは好きなので、二人で思う存分いただいて、おいしかった。ごちそうさまでした~(あるひとに)。

夕方英語教室の先生から電話が掛かってきた。実はあまりにも忙しいし、4月と5月は休んでしまった。6月も休もうかと迷っていたところだった。

いちごは弁解がましく、みんなの足を引っ張っているようで、とかいちごのせいでレベルを落としているんじゃないかないか、などと言っていたら、そんなうぬぼれないで、あなたひとりのために教室をやっているんじゃないのだから、と言われてしまった。

それでとうとう6月は行きます、と言わなければならなかった。でも、ありがたい電話だったことは確か。

いつかは、あまり忙しいので、コナミもやめようとして七華ちゃんにさとされ、今度は英語をやめようとして英語の先生にさとされ、時間がたりない~。ほんとう~?

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2009年5月20日 (水)

記憶の不思議

Imgp6485 今日、COOPのお店で、かれこれ3年近く前になるだろうか、パートタイムで1年間働いたときの施設に通所していたひとに出会った。

このところの食習慣の改善で、野菜中心の粗食に変えていたのでいちごはとにかくお腹がすいていた。

COOPのお店のコーナーに、飲食用のテーブルと椅子がある。そこに腰掛けて、買ったばかりの、たらこのおにぎりを食べた。それからコロッケにかぶりついていたときだった。彼が、缶コーヒーを持って近くのテーブルに座った。

顔を合わせるなりいかにも懐かしそうに、「やあ、しばらくじゃない。元気ぃ~」と言った。「ずいぶんしばらくだけど元気そうねぇ」「うん、あんまり調子よくはないんだけどね、ほら、頭だってこんなに薄くなっちゃってさあ」「そうでもないじゃない」「前より色白くなったんじゃない」「そおお、今日は日焼け止め塗っているからね」「うまそうなもの食べてるねぇ」「ええ、おいしいわよ、あげましょうか」「ほんとぅ?」彼は目を輝かせた。

いけない!いちごは思い出した。彼は何か難病で手術をして、記憶障害になってしまったのだ。立派な体格をして、みたところはとても障害者には見えないのだけれど、家を出ればたちまち迷子になってしまうし、ついさっきのこともすぐ忘れてしまう。50歳そこそこで病に倒れ、若いのに働けないからぶらぶらしているので、油断するとたちまち太ってしまう。その上食べたのも忘れてしまうから、食べ物と見れば人の分までも食べて食べかねない。そういう食事制限もあって、彼はうちのデュランちゃんみたいに、いつもお腹を空かせていた。おっといちごも同じだ。ただ、いちごには食べようと思えば食べられる自由がある。

リハビリ施設に通所しない日は、1日中ヘルパーさんが付きっ切りである。今日もヘルパーさんが付き添っていて、ヘルパーさんがちょっと用事をしに行っていたそのときなのだ。

「あ、だめよね。ダイエットしてるんですものね」というと、彼はひどく落胆した様子だったが、やはり思い出したらしい。向こうのカウンターで何か書き物をしているヘルパーさんを指差して、それから両手の人差し指を頭の両脇に立てて鬼の真似をしながら「そうなんだよ」と、なんども同じ仕草をした。

「生徒の親なんだ」と、元中学教師の彼はヘルパーさんのほうを見ながら言った。いちごはヘルパーさんだと思っていたが、記憶障害はあっても、話のつじつまを合わせるのがとても上手なので、どこからどこまで覚えていて、どこからどこまでが創作なのかわからない。リハビリ施設で顔を合わせているころも、数時間後に顔を合わせるといつも「お、めずらしいところでめずらしい人に会った」という顔をして、一瞬懐かしそうに笑いかける人なつこい彼だった。

彼は、いちごが働いている間、ついにいちごの名前を覚えなかった。だからいちごの名前は言えないはずだ。と思いつつ、いちごも今彼の名前が思い出せない。

「名前忘れてしまったわ。誰でしだっけ」と言うと、彼はうれしそうにおどけた顔をして「い・・・か」と言った。いちごが一生懸命思い出そうとして「いおか?」「いしおか?」と思い出せずにいると、「い・・・」「い・・・」と繰り返す。

そこへヘルパーさんが戻って来た。「ぼくの名前言って」と彼はヘルパーさんに言った。「い・・・」ヘルパーさんはわけがわからない顔をしながらもはっきり言った。「ね、聞こえた?思い出したでしょ」「ああ、そうだった」彼は忘れてしまうことで、通所仲間からからかわれがちでいつも屈辱的な思いをしていたと思う。いちごが忘れたことをいたく喜んでいるふうだった。

あんなに懐かしそうに「元気ぃ」と言った彼は、ほんとうにいちごのことを覚えていたのかなあ。どうなんだろう。「前より色白くなった」というけれど、まったく前は、ファウンデーションどころか、日焼け止めも塗っていなかったから、白くなったと言われれば白くなったのだ。

「髪が薄くなっちゃって」と言うからには、昔の知り合いだって感覚はあるらしい。でも、それだけでもたいしたものですよねえ。昔見せてもらったけれど、ケータイの待ち受け画面は彼と奥さんのツーショットだった。奥さんがんばってね。

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2009年5月19日 (火)

新型インフルエンザ~暴露写真?

Imgp6683 夏風邪という俳句の季語がある。夏風邪はなおりにくいともいわれている。

夏風邪はなかなか老に重かりき  虚子

こんな句もあるのに、今度の新型インフルエンザは、若い人に多いという。何か耐性がないからだろうか。いいと思ってしてきたことが、逆に働いてしまっている何かかしら。清潔だとか、空調だとか、食物だとか、勉強だとか!

それから、昔なかったもの、テレビ、洗濯機、冷蔵庫、最近ではコンピューター!と機械にかこまれた暮らしに何か秘密があるのかしら。

次から次へと騒ぎが起こるなあ。地震が来るかもしれない、核兵器が飛んでくるかもしれない、こんどはインフルエンザ。狂牛病に鳥インフルエンザ、豚インフルエンザ。その前はO157なんていう騒ぎもあったっけ。料亭の使いまわしなんていうのもあったっけ。賞味期限切れ改ざんなんていうのもあったなあ。

こんな表面的な騒ぎの水面下で、何か重要なまつりごとがでっちあげられていなければいいなあ。

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2009年5月16日 (土)

里心がついて

Imgp6667まったく外の空気を吸えないデュランを哀れに思って、ペット用カートに乗せて公園に連れて行った。

デュランの目線の先には・・・

Imgp6668 うつくしい鳩が無心に遊んでいる。

ごめんね鳩さん。デュランは紐で繋がれているものの、隙あらばと狙いを定めている鋭い視線。

しょうがないなあ。これがデュランに備わった性なのだから。人間ならば、こんなにあからさまに獲物を狙いはしないだろうに、それとも?・・・・

Imgp6666 あ、こっちにも!なんだか落ち着かないなあ。こちらが疲れてしまう。それに、なまじ戸外に連れ出すと、昔自由に駆け回っていた頃を思い出してしまうのか、家に帰ってからがたいへん。

窓のほうを見ては、ニャアニャア・・・

Imgp6672 中途半端な同情は禁物なのだということを、とくと教えられた。

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2009年5月12日 (火)

ターシャ・テューダー展

Imgp6688

原画も見られたし、楽しい夢のある催しでした。

女性は古い西洋の暮らしにあこがれるので、ターシャ展はあれほどに人気を増すのでしょうね。

アメリカのバーモント州の田舎の実際は、実に退屈で根気のいる生活なのに、ターシャは少しもそれを感じさせない。

古い時代の生活へのこだわりと、見事に築き上げられた庭園が、積み重ねられたたくさんの苦労を隠して、魅力的に見せてくれています。

おそらく、ターシャが舐めた辛酸は、ターシャが亡くなると同時に消えうせ、ターシャが生きた痕跡は、もともとあった楽園のように人々を楽しませているのです。

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2009年5月11日 (月)

考えごとをしながら歩いていると

今日は早起きしたし、いろいろ片付いて気持ちよく、これならコナミにも早くいけそう、と思いながら、結局出たついでの用事も済ませてしまおうとなって、準備などしているうちに、いつもと変わらない時間になりあたふたと出かけた。

駅まで3分の2ほど歩いたところで、銀行の通帳は持って出たのだけれど、カードを忘れたことに気が付いた。

どうしよう、戻りかけたけれど、また明日にしようと先を急いだ。多分なにか考えごとをしているように見えたのだろう、向こうから暑そうに歩いてくる男性が「どうしたんですか」という。

「忘れ物をして、取りに帰ろうかどうしようかとまよっていたんです」「そんなに急ぐことはありません、どうぞ戻りましょうよ」何も知らないくせにおせっかいな紳士の言い草がおかしくて、いちごは笑いながら止まってしまった。

すると、「戻りましょう戻りましょう」と、自分の歩いていく方向にいちごを向けようとする。やはり、今日のことは今日片付けてしまったほうがいいと思って、いちごは戻ることにした。

いちごの家の曲がり角まで来て、まだ先へ行く彼と別れた。ものの5分くらいだったろうか。けっこういろんな話をした。別れ際に、「必ずまた会いますよ」なんて占い師みたいなことを言う。

いちごはもう会わないだろうと思った。戻ったことで20分くらい時間を損したから、今日は車で動くことに決めていたから。

スポーツクラブの駐車場は運良くすぐに入れた。ただし、車利用の場合は2時間しかいられないから、ざっと身体を動かして終わり。

次の銀行行きは、3時過ぎていたので、駐車場のハンがもらえない。思案の末、少し歩くけれど、図書館の駐車場に車を止めてそれから銀行に行き、ついでにハガキで粗品をくれるというので三越に寄った。

粗品につられて行ったのが運の尽き。よけいな食料品を買い、大好きな小物を売る売り場で、いろいろ買ってしまった。

カーテンやテーブルクロスやエプロンがいちごの大好きなデザインなので、三越に行く度に寄っている。

今日の売り子さんたちは、とても愛想がよくて、ついついいろいろ買ってしまった。いちごは言った。「前の売り子さんは、とても威張っていて、買いたいものも買わずにしまったことがよくあるのよ。あなたがたはとても感じがいいのでついつい買ってしまったわ」

「ああ、なんだかよく人が替わっていたようですよ」と、彼女たちはうれしそうにした。

ほんとに、以前の売り子さんたちは、なんだか知らないけれど、つんつんしていて買いたいものも買う気がしなくなっていた。いくら素敵なものを並べているからといって、えらそうにすることないじゃない、自分が作ったわけでもないし、ただの売り子のくせにといちごは不満だった。

いちごは威張る人大嫌い。その人自身は気が付いていないのかな。いちごも気が付かないうちにいばっているのかな。

こんなことなら、三越の駐車場に入れてよかったのに、買い物はしないつもりでいったからわざわざ遠くのほうに車を止めてしまった。

と、そんなわけで、無駄遣いはしたけれど今日は楽しい日だった。

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2009年5月10日 (日)

猫という不思議な生き物

Imgp6440 人間さまと猫さまと、どちらが上等かと聞かれたら、いちごは即「猫さまです」と答えざるをえない。

毎日猫さまと暮らしていて、日に1回はそんなことを思い知らされているのですから。

猫さまは女王さまのように、悠然と何もせずに、眠り、目覚め、排泄し、おねだりし、必要に応じて、抱かれたり逃げ出したり、近頃ではだんだん暑くなってきているので、冬の頃のように抱かれるのはごめんだ、とでもいうように長くは抱かれていない。

おいで、と膝を指してもニャアオと一声乗ってはくるものの、ものの1分と膝の上にいない。

おやつがほしいときは、自分の食器の前にお座りして、食器といちごの顔を交互に見て、それからじいっといちごを見上げている。

ときにニャアニャア非常にやかましいときがある、それは自分のトイレが臭いものに占拠されたとき。

行ってみると、見事な排泄物がちょこなんと鎮座している。下の始末をしながら、やっぱり猫さまは女王さまだとおもいながら、においが室内に充満しないうちに大急ぎで取り除いてやる。

それからまた、やかましいときは、ねこじゃらしのおもちゃで遊んでほしいとき。真剣におもちゃの鼠を狙い、ときにはそのために1メートルもジャンプする。1日、最低15分はこの遊びをさせてやらないと、ストレスがたまってよくないのだそうだ。

なんといっても、猫さまなのは、いちごが遠出をするときだ。前日あたりから非常に落ち着きを失い、わけもなく鳴きまわったり、擦り寄ってきたりする。

普段、ちょっと家を留守にするくらいのときは、いちごが玄関で靴を履くや否や、ぴょーんとひとっとび自分の居場所に行ってしまい、見送るでもない振り向くでもない。

きっと、せいせいしてこれからゆっくり眠る算段なのだわ、と思いつついちごは出かける。だから、ああいう落ち着きの無い不安な様子をされると、猫が霊的動物なのを証明されたような気がしてしまうのです。

夜、いつまでも遊んでいたいとき、おねだりもひとしきりだけれど、もうおしまい、とうんざりしておもちゃを高いところにしまう。一瞬きょとんとしている。まだ遊びたいのかなあと、少しかわいそうになりながら、いちごが自分の部屋のドアの前に立って、「おやすみなさい」と、丁寧におじぎをするとうんともすんとも言わずに、じいっとこちらを見つめている。

わかったのかしらどうなのかしら、と何度もおじぎをするはめになる。「お休みデュランちゃん、ねんねよ、いいこちゃん、ねんねしてくださいね」と言い続ける。

多分わかったにちがいない。一度部屋に入って、忘れ物を取りにキッチンなどへ行くとき、すでにデュランはそこにいず、また自分の部屋から出てもこない。

「いいこ」とか、「かわいいねえ」とか言われるのがとても心地よいらしくて、美しい居住まいでお座りして、じっとこちらを見ている目を何度も何度も細めて、それはまるで女王さまが微笑んでいるみたいだ。

デュランは男の子なんですけれどね、どう見ても女王さま。女王さまだから上等というわけではないのですけれど。それに女王さまに直接謁見したことはないから、本物の女王さまがどんなふうかまったくわからないのですから。

ただ、女王さまというのは、こんな居住まいなのかなあと想像しているわけです。

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2009年5月 9日 (土)

ターシャ・テューダー展が町田にやってきた

ターシャ・テューダーのガーデン Book ターシャ・テューダーのガーデン

著者:トーヴァ マーティン,ターシャ テューダー
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

銀座に来たときはとうとう行けなかった。

今度こそ行きまーす。来週中。

今日は2時間くらい歩いたかしら。足が満ちています。

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2009年5月 4日 (月)

ああびっくりした!

Imgp6467 所用で二子玉川に行った。高島屋でおいしいものを食べようと寄った。(おいしいものはなかった。このごろおいしいものはないなあ)

ぶらぶら行くと電動マッサージ器を店頭販売していた。「どうぞどうぞ試してみてください」さかんに呼び込むので、ついついつられてちょっとと油断して立ち寄ったのが運の尽き。

しかし、そのときはとても身体が軽くなった気がした。隣のおばあさんは、40万円のマッサージ器を持っているけれどあまり使わないから手軽でいいと言って4万何がしのそのマッサージ器をすぐ買った。

いちごは思えば家に似たような足もみマッサージ器があったなあ、と思い、ただ少し身が軽くなったことを喜んで帰ってきた。

ところがなんだかその夜非常な疲れを感じた。翌朝はだるくて起きられない。熱まで出てきた。全身筋肉痛のような感じ。

朝から晩まで横になってすごした。大好きなお寿司が食べたいと思って、七華ちゃんに買ってきてもらったけれど、それも食べられない。シフォンケーキだけなんとか食べられた。

結局昨日食べたのは、牛乳とばななとケーキだけ。

豚インフルエンザが日本に上陸するかもしれないので、気をつけて電車に乗らず車で行ったのに、ついデパートの中でふらふらして風邪が移ってしまったのだろうか。

今思うと、違いがわかるようにと身体の片側左半身だけに機械を当てられたのがよくなかったと思う。バランスをくずしたのだ。友だちにいうと笑われそうなので、ここに書いておく。

おかげで、毎晩2009世界卓球を見て過ごした。愛ちゃんもがんばったけれど、あの16歳の石川カスミという高校生はすごいですねえ。じつに頼もしい将来が期待される選手です。

それにしても、中国の強さもすごいですねえ。体格もいいし、なんか鉄の塊みたい。鉄の塊を打ち破るのは容易なことじゃないけれど、日本の選手はダイヤモンドのように強くなってほしい・・・

あ、やっぱり具合がわるくなってきた・・・

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