展望現代の詩歌
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展望現代の詩歌1 詩 I (展望現代の詩歌) 販売元:明治書院 恩師野山嘉正先生の研究の精華です。 これはシリーズになっております。 短歌、俳句編もあります。 |
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いちごは単純で、仕事がつまれば、憂鬱になり、解決すればすっかりごきげん。
数日前には、ぎょっとするようなことがおこりました。パソコンが突然プッツンと切れて、画面が真っ黒になってしまったのです。
突然切れるなんて、絶対に故障というより、毀れてしまったかと、ほとんど絶望していました。大事な仕事が消えてしまっては、どうにもなりません。
まめにバックアップを取っておかないと、後の祭りという事態に陥りかねないことを痛感しました。
友人に電話すると、エンジニアのご主人がちょうどいらして、電話に出てくださいました。ものすごく落ち着いていらして、まずコンセントを抜いて見てください、それから差し込んでください、では、コンピューターの電源を入れてみてください。
言われたとおりにすると、あーっ、動いたぁー、信じられない気分。すごいですよねえ。いちごは何ごとその道のプロというのはすごいもんだと、常日頃思っています。
こちらはとにかく、理屈がわからないから、ちょっとトラブルがあるとお手上げです。プロは、1から順序よくトラブルの原因をたどっていきますから、考えることができます。
もしかしたら、ディスクが弱ってきているかもしれないといわれて、びくびくです。それでも今日はとりあえず予定の仕事が済んでご機嫌です。
20日から冬支度のために伊豆に行きます。またしばらく更新できません。美しい写真をゲットしてきます。
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食物アレルギーも、油断すると恐ろしいことになるらしい。これからは牡蠣の季節で、牡蠣も気をつけなければならないらしい。
いちごは牡蠣大好きなのだけれど。
もっと恐ろしかったのは、スズメバチもかなり危険で、去年だけでも19人もの死者がでたという。
これらは1回目はいいのだけれど、2回目がそうとう危険らしい。
実はいちごは、すでに1回伊豆でスズメバチに刺されている。ほんとうにあの時は死ぬかと思った。その痛さといったら、たった親指の先をちくっと刺されただけなのに、それは全身をさいなむのである。
親指の先の痛みが、全身をかけめぐる。それは1週間も続いた。1週間近くもたってから、あまり痛みが取れないので病院にいったけれど、1週間もたってしまっては、もう治るのを待つばかりのようらしかった。思い出すだに恐ろしい。
今度刺されたら死ぬかもしれないのである。七華ちゃんに言っておいた。ママが伊豆に行って連絡が取れなくなったら、蜂に刺されて死んでいるかもしれないからねって。
そのときいちごは黒い麦藁帽子をかぶっていた。蜂は黒いものを攻撃するのだそうだ。それで、今はオレンジ色の麦藁帽子で草刈をする。
今日のテレビのアレルギー報道は、誰か俳優が食物アレルギーで入院したというニュースから、スズメバチのことにまで言及していたのだが、いちごは食物アレルギーは今のところないので、スズメバチのほうが重要なのである。
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数日前に化学物質で苦しんでいる友人たちが、渋谷でデモ行進をするということを紹介しましたが、昨日の朝日新聞の1面では、シックハウスの原因となるホルムアルデヒドを吸収してしまう植物を開発したという記事がでました。
近畿大学、京都大学の教授らが、ホルムアルデヒドを栄養源にする細菌の遺伝子を組み込むことで、植物に新たな性質を持たせることに成功したのだそうです。
これを観葉植物に応用すれば商品化できるのだそうです。早く商品化してほしいですね。
そろそろクリスマスの準備もおわり、街はイルミネーションが華やかです。
今年は、らでぃっしゅぼーやのケーキを予約してしまいました。配達のお兄さんにお願いしますなんていわれて、つい・・・
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今日車を走らせていたら、ガソリンの値段が元に戻って、一番安いところでℓ/119円だった。
つい数ヶ月前の高騰ぶりはなんだったのかしら。あのころは、このままガソリン代が上がると、もう車も乗れないなあ、という感じだった。
よかったよかった、とは思うものの、経済不安は底なしで、ホントに日本はどうなるのかしら。
でも、戦前のようにつつましく暮せばいいのだから、一喜一憂していてもしかたがないな。
今日は「五時通信」が届いた。カナダでご活躍の心理学者布施先生が、明治時代からのすばらしい歴史観を述べておられるので、勉強になったし心強く思った。
納得のいく歴史認識を披露されると、世の中捨てたもんじゃないなあと、励まされる思いである。
ま、歴史を捻じ曲げようとする勢力はどこの国にも、いつの時代にもあるのだから、せめて勉強をおこたらず生きたい、と決意だけはいちょまえである。
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枯葉が散り敷く公園に、山茶花がちらほら咲きだしました。まだ四季の移り変わりはかろうじて保たれているらしい。
地球の危機が叫ばれて久しいですね。しかし私たちは、今享受している生活から脱出するのも難しいですよね。
友人がシックハウスを発症したのは、家のリフォームで壁紙を張替えたときに使用した、「のり」つまり接着剤のせいだったとうかがいました。
以来様々な化学物質に悩まされ、落ち着いた生活ができなくなっています。いつどこでその化学物質が彼女を攻撃するかわからないのです。
たとえば、本。新刊書のインクの匂い。たとえば、古い本の黴の匂い。たとえば集会場のある部屋。たとえば清掃工場の半径500メートル以内。
彼女はむせて、咳き込んで、涙さえ出てとてもその場にいられなくなります。
この彼女の症状は、あまり理解されません。このつらさを知ってもらおうと、仲間が集ってアピールデモ行進をする段に至りました。
科学物質を知ってね☆うぉーく
日 時 : 2008年11月22日(土曜日)
時 間 : 集合13時30分 出発 : 14時00分
集合場所 : 東京渋谷区宮下公園(公園内渋谷駅に近い側)
持ち物 : 特に無し。プラカード、楽器(鳴り物)持込O.K
天 候 : 少雨決行
渋谷駅周辺をウォーク(30~40分) 流れ解散(ウォーク中は道路は片側交通規制されます)
詳しくは以下をご覧下さい
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夏から秋にかけては、ナスがおいしかったけれど、これからは蕪、大根がおいしくなります。
ぬかみそがあると、ついぬかみそだけでご飯がすすんでしまうので、蛋白質不足になりそう。昔江上トミという料理研究家は、1斗樽にぬかみそを漬けていたそうです。
それに木の樽は木が呼吸するので、いっそう漬物がおいしくなるのですって。いちごも昔木の樽を使ったこともありました。
木の樽なんて、今あるのかしら。祖母は、1斗どころか2斗はありそうな大きな瓶に漬けていました。
江上トミ先生は夏どうするのかと思ったら、夏にはその樽が入るほど大きな冷蔵庫を持っていて、冷蔵庫に入れるというのでずいぶんうらやましかったなあ。
コンクリートのアパートでは、北側の部屋と言えども、南側ほどではないにしても暑いので苦労します。
しかし、このぬかみそせっかくおいしくなってきているのだから、ダメにしたくないなあ。こんなことを考えていると、旅にも簡単には出かけられない。どおしよう・・・
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航空自衛隊の航空幕僚長がまたまた本音?を吐いて更迭されたそうだ。
「我が国が侵略国家だったというのはぬれぎぬ」と主張した懸賞論文が最優秀賞に選ばれて、事実が判明したらしい。
この懸賞論文はアパグループが今年5月に創設したものらしい。審査委員長は上智大学の名誉教授だという。
また、この教授も決して無知無教養な人物であるはずがない。いったいどのような思考回路によって、この日本の歴史を誤認する論理に到達するのであろう。
現代史家の秦郁彦氏、政策研究大学院大学副学長の白石隆氏らは、事実誤認だらけ、公然と奇矯な説、とコメントしている。
それにしてもこの航空幕僚長の写真の顔はなんてひん曲がっているのかしら。年のせいとばかりはいえそうもない歪み方だ。
出世のために真実を捻じ曲げてまで、自分自身に不誠実にするとこうなるという見本のような顔だ。
そういえば、どこかの国の首相も口が曲がっている。もちろん病気の人は別問題。でも、首相や幕僚長を勤められるくらいだから、優秀だし健康であるのは間違いない。
ではどうしてこんなに奇妙に顔が歪んでしまうのか、先ごろ亡くなられた臨床心理家の河合隼雄先生なら、このいちごの疑問に明解な答えを出してくれそうな気がする。
日本がとてもよい国だと誇りに思うのは、お互いに気持ちの良いものである。しかし、歴史を捻じ曲げてまでよい国を標榜するようになってはおしまいだ。
まして、我々国民をリードしていく立場にある人々は、絶対に真に誠実で正義のひとであってもらわなければ、困るのである。
ひとそれぞれ処世術があって、自身の生をせいいっぱい生き抜くのだろうけれど、リーダーはプラス人間としての良心を強固に持っていてもらわなければならない。
いろいろな考えがあってもいいなどというレベルの問題ではない。正、不正の問題なのである。
歴史を正しく認識することは、同じ轍を踏まないというもっとも基本的なことである。なにも捻じ曲げなくても、素直に反省して先に進めばよいという、単純なことではないかなあ。
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