2012年8月14日 (火)

市民のちから

メール拝見いたしました。

私も行政の施策には本当に腹が立っています。だいたい国の政策の失敗を、税金をアップして、みんなで分け合おうというのは、言語道断です。

しかし、私たちがいくら市民運動で、これはとういう人物を、政界に押し出しても、その反対勢力たるや、半端ではありません。

日本はなりさがったとはいえ、未だ経済大国です、その日本が恥ずかしいことに、人権の問題で、福祉、児童、女性の問題で、国連からたびたび勧告をうけているというのが、実情です。

私たちは、さまざまな不合理、日常の生活の困難、不安などから、声を上げていく必要はあると思いますが、各々の専門家から、常に学ばなければなりません。

こちら

でも、市民をリードする精鋭たちがいて、あちこちで学習会が開かれています。そのどれ一つとっても、ないがしろにできない、重要な問題です。

全部把握しようとしたら、毎日のように、何かしらの集会に出て学ばなければなりません。

真実を、実態を理解して知識という武器をもって強く抗議しないことには、ものを言ってもたちまち丸め込まれてしまうか、一蹴に付されてしまうのが関の山です。

知識ですら傍若無人に踏みにじる政治家たちです。彼らは、見えないだけで、ほんとうは目の前の老人を足蹴にし、障害者の車椅子をひっくり返し、盲人の白杖を奪っていることを、知らないのです。そうか、知っていても見て見ぬ振りをして、見捨てるのか。

本来健康な人々の体躯さえも、蝕んでいる、原爆症、水俣病、カネミ油症、その他その他、企業の責任、いや犯罪を、国家ぐるみで許しているのと全く同じです。

そういう意味では私たちも同罪といえるかもしれません。私たちが選挙で!選んだ政治家たちなのですから。

市民運動家たちの尽力でせっかく素晴らしいと思う人を、選んでも、多数決が支配する政治の場では、旧い陰湿にはびこる反対勢力の前に、身動きとれなくなって、応援した人たちに、大きな失望を与えています。

 私はその人たちに、待ってあげて、信じてあげてと、言います。私たち一人ひとりが、目覚め、気付いていく必要があるのです。

しかしまた、立場が変れば変質するということもあります。人間というものの不可思議、恐ろしさだと思います。

これからは、さまざまなことが隠され、捻じ曲げられ、バカにされている国民一人ひとりが、真剣に政治というものを考える時代だと思います。

それには、良い学びが必要です。この国を牛耳っている本態を知らなければなりません。

知るということは、私たちのこれまで信じてきたことさえも、ひっくり返される危険があります。もしそれを危険と呼ぶのならばの話ですが。

その時、私たちは、それでもその学びについて行けるのか、信じて世界観を変えることが出来るのか、これまた難しい問題です。

毎週金曜日に国会を取り巻く、脱原発を掲げる市民たちの行動は、大変貴重だと思います。

貴重だけれども、脱原発で終ってしまったのでは、元の木阿弥です。根っこは一つ、たった一握りの本物の財閥なのですから。特に武器商人が恐ろしい。

武器商人たちは、毎日毎日、武器を生産し続けているのです。たとえその部品工場であろうとも、生活のためにそこで働かなければならない人たちがいます。

原発労働者も同じです。いいカネになるからといって働く人もいるのです。彼らに、明日からの生活費を、誰が補償してやめさせることができるでしょうか。

武器商人と同じで、莫大な利益を生み出す企業しか、それをできません。

日本は企業が王様の国なのです。そして世界の財閥はスクラムを組んで、貧乏人を蹂躙しているのです。

その手先もまた、私たちの日常生活の隣人の中に、自身気がつきもせずに生活しています。

愚かといえばおろか、人間のカナシサといえばカナシサ。でも、人はいつかは死ぬのだから、この一時少しくらい辛くても、或は楽しんでもいいじゃないかと、どちらに割り切るかは、個人の問題に帰す、というのでしょうか?

会が最初にすることは、会員が共通の認識をもち、財閥に負けない強力な絆を築き上げることだと思います。

誤解する人がいます。少しばかり資産を持っていると、自分は金持ちでそれを失うのではないかと恐れるひとたちです。

財閥の資産は私たちのつつましい生活からはかけ離れたものです。かれらは、それを失わないために、日々努力を積み重ねているのです。

財閥というのは、寝ていても富をどんどん生み出せる、ものすごいモンスターです。

田舎に何町歩土地があるとか、山があるとか、マンションを持っているとか、そんな規模のものとは桁が違うのだということを、まず知るべきでしょうね。

財閥の手先になって、少しばかりのおこぼれにあずかるか、潔く貧しても戦うか。あきらめて寝て暮らすか。

私は生活協同組合の組合員ですが、合言葉は、「一人は万人のために、万人は一人のために」です。

会がもっともっと大きな勢力になることを、祈ります。

                     

2012年7月19日 (木)

ノーモアフクシマ2012.7.16さよなら原発

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2012年7月 6日 (金)

朝日新聞「原発事故は人災」

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

                          寺山修司

2012年5月13日 (日)

原発がなくなると日本の産業がたちゆかなくなる?

率直なご意見をありがとうございました。

原子力発電がなくなると日本経済が云々、

というのは、原発によって莫大な利益を受けている人の、詭弁です。

もしお連れ合い様が原発関係で儲かっていたらごめんなさい。

日本には、すでに原発を必要とするほどの大工場は、

ほとんどありません。

みんな労働力の安価な外国に移してしまっています。

日本にあっても、労賃の安い外国人を雇用しています。

それもひどい労働条件で。

問題の本質は、電力不足によるものではなく、

グローバル化による労働市場の喪失です。

それは自明のことで、震災以前に始まっています。

かつて日本が安い労働力で、欧米人の労働市場を奪ってきたように、

今や、低開発国といわれたアジアアフリカの労働者に、

労働市場を奪われてしまったので、日本人も職場を失ったのです。

日本だけでなく先進国の不況は、電力の不足とか、経済戦略のまずさとか、

そんななまやさしいことではありません。

グローバル化の波が、津波のように世界に押し寄せているのです。

後進国の人たちだって、そういつまでお人よしで、無知ではいません。

世界はこうして、公平になっていくのです。

先進国が、後進国を搾取できなくなって、

私たちは今後漁夫の利で生きてきた日本がどうなるのか、

不安だし苦しいけれど、当然のなりゆきなのです。

この苦境を他者を搾取することなく、

どうやって生き抜いていけばいいのか知恵をしぼる時代です。

自分の家庭が安泰ならよいのではなく、

東京だけが繁栄していればよいのではなく、

日本だけが良ければよいのではなく、

世界の人々が平等に食べ、安心して暮らしていけるような時代が、

すぐそこまで来ているのです。

まだ悪あがきをしている、一握りの大資本のせいで、

争いは絶えませんね。かなしいことです。

年金基金の失敗は、官僚の怠慢、不正によるもので、

原発喪失のせいではありません。

本当に踏んだり蹴ったりなのは、中小企業と、

そこに働く人たちです。

大企業の下請けや、隙間産業で生き延びてきた中小企業が、

こんな目にあうなんて、許しがたいことです。

官僚が確立した絶対服従の官僚制度の落とし穴に、

みずから落ちた。墓穴を掘るとはこういうことでしょうか。

日本のリーダーは政治家といい、官僚といい、

こんなものだったのかと、がっかりです。

私たちはもう、あなたまかせの政治では生きていけない、

自ら考え行動しなくては、社会はますます混迷を極めるのみ。

私たち庶民は苦しむのみです。

だから私は人々は「知る」ということが必要だと思うのです。

真実を「知る」努力を一人ひとりが責任を持って行いつつ、

かけがえのない隣人を愛し合って生きなければならないと、

そう思っているのです。

原発がなくなると、日本の経済が立ち行かなくなるという、

ごまかしには、決して騙されないでください。

             日本の経済を心配している友へ

2012年3月10日 (土)

怒りを引きずるとき

私はめったに怒らないが、たまりにたまって怒りが爆発することがある。
しかし、相手が謝れば、いやいや私のほうにも落ち度がある、
人間は弱いものなのだ、と仲直りできる。

しかし、怒りを引きずっている人には、哀れすら感じる。その人は悲しむべきなのだ。

「自分は悪くない。悪いのはお前の方だ」と怒りを引きずるとき、
すでに痛んだ心に対して、自らさらにダメージを与えることになる。

その心理状態は、その人自身が気づかないような形で、不幸なものに向かうことになる。
つまり、人が怒りを解かないとき、2重の痛手を負っていることになるのだ。

図星をさされたときも人は思わず怒る。怒りはやっかいだ。怒りの本体は外から来るものではなくて、内面からわくものだ。隣人に怒りをぶつけるより、怒るべき敵はもっと別にあるはずなのに。

2012年3月 3日 (土)

不安とリスクの時代

慶應大学の小熊英二氏が、「お任せで大丈夫」の崩壊、という記事の中で、原発は「旧来の日本」の象徴になったと述べている。

3.11の後、「政府や専門家はあてにできない」という認識が広まり、リスク感が高まったと。

世の中にはあなた任せの人が多すぎると思っていた。批判すると嫌われ、意見を言うと叩かれた。

それでいいのかと、今度の震災が教えてくれたが、どれだけの人が学んだかしら。相変わらず偏見と保守派が大手を振るっている社会のような気がする。

だって、そう育てられてきたのに、そうやすやすと自分の価値観を放棄するわけにはいかない。

時間がかかるのだろうな。でも、地震も原発も俟ったなしだ。このままでは日本は地球は破滅する、という危機感を持たなければ、このまま破滅するしかないのだろうな。

みんなの責任だから、しかたがない。私の責任でもあるし、あなたの責任でもあるし、あの人の責任でもあるし、この人の責任でもある。

そうして、おろかに不安の日々の中で、自暴自棄に死んでゆくしかないのか。それでは、犯罪者とたいして変わらないではないか。

国民みんな犯罪者ということか。すると、殺人犯を死刑にする資格は誰にもないということになる。

つまり、神様仏様のような人はいないし。

2012年3月 1日 (木)

うちのやんちゃ娘

亭主に三行半を叩きつけて、立派に3人の子どもを育て上げたと自慢する、自称勝気の先輩に聞いてみた。

うちのやんちゃは、きかん気で思ったことをづけづけいうので、この間7,8人に囲まれて吊るし上げをくった。私なら取り乱して泣き崩れると思うけど、なんのそのその一人一人にいちいちこれはこうこう、ああでこうでとしっかりと説得にかかっている。気が気じゃなくて。

それでいい!多勢で一人を吊るし上げるなんて、相手はすっかり感情的になって聞く耳を持たないのだから。

そういうときの心理って、勝気が歩いてくると言われている先輩はどんな感じ?

そりゃあ、今にみてやがれ!って気持ちよ。私も勝気だから、言いたい事はどんどん言うし、いじめられたわよ。でもね、それだけ自信があるのよ。私もそうだった。いじめられればいじめられるほど、今にみてろ、って気になって負けてはいなかったわ。

じゃあ、こういうひとはどうなのかしら。いつもわあわあしゃべりまくって、居丈高に高笑いしている人。

それは、自信がない人ね。自信がないからわあわあ騒いで目をくらまそうとしているのよ。

ふ~ん、そうかあ。さすが80歳に手が届くというのに、スキーもやるし、俳句も上手。女傑といえば女傑だなあ。

ちなみに彼女の息子さんは有名な映画監督です。はあっー!

2012年1月21日 (土)

結婚のおすすめ

ほんとうに困ってしまうんだけど、わが妥協しない独身の娘のところに、「いいひと」がいると話を持ってきてくださる方がいる。何度でも決してあきらめずに声をかけてくださる。

親の私としてはありがたくて、感謝感謝なのだけれど、なまいき党の本人は「ソレでママなんて答えたの」睨む。

もし、「お願いします」などといったら、烈火のごとく怒られる。「あのね、家畜じゃあるまいし、あっちにオスがいるこっちに手ごろなメスがいるなんて話はまっぴらよ」

年頃の娘がいると、といってもかなりトウがたっているのだが、というよりだからこそなのだろうが、ご親切なおば様方がこりもせずにお声をかけてくださる。

しかし、そういう娘は親としてもどうにもならない。

かといって、かぐや姫のように、直接男たちがあっちからもこっちからも是非とも自分の妻に、と寄ってくるわけじゃなし、どうすればいいんだろう。

うちの娘をがーん!と撃ち落してくれるような男性はいないかな~

今どきそんなのんきな男性はいませんよね~

2012年1月 5日 (木)

おすすめ詩集『星またたかず』

Photo

2011年10月29日 (土)

気流法ってなに?

気流法の創始者坪井香譲と覚和歌子と谷川俊太郎の鼎談

日時・11月20日(日)午後1時半~

場所・表参道「東京ウィメンズプラザホール」014 015

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